Vivienne Westwood (ヴィヴィアンウエストウッド)販売【SPECCHIO】





 





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■Vivienne Westwood (ヴィヴィアンウエストウッド)
ヴィヴィアン・イザベル・スウィア(Vivienne Isabel SWIRE)。1941年4月8日、イギリスのダービーシャーに生まれる。教職の道を志したが、後にパンク・ロックのバンド「セックス・ピストルズ」をプロデュースすることになるマルコム・マクラーレンと知り合い、影響を受ける。
71年12月、シチュエーショニスト・インターナショナルに属して活動していたマルコム・マクラーレンと共に、キングスロード430番地にブティック「レット・イット・ロック(LET IT ROCK)」をオープン。
パンク・ロック、ヒッピー、ストリート・ファッションなどを取り入れた。例えば、ボンデージ・ルックや鳥の骨が鎖で取り付けられたTシャツなど、エキセントリックで挑発的な作品が多い。これを機に、ロック・ミュージシャンを中心に顧客が広がり、ロンドンの若者たちの熱狂的な支持を得る。



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■Vivienne Westwood (ヴィヴィアンウエストウッド)の歴史
72年、店名を「Too Fast to Live, Too Young to Die」に、74年には「SEX」に、76年には「Seditionaries」に変更。新作発表に合わせて、必ず店名や内装を変えたことは有名。
75年にマルコムと共に、「セックス」の常連客だったヴォーカルのジョニー・ロットンやシド・ヴィシャスを擁するパンクバンド「セックス・ピストルズ(SEX PISTOLS)」をプロデュース。SM的要素を採り入れた前衛的なパンク・スタイルを流行させ、「パンクの女王」と呼ばれた。
79年にはブティック「ワールズ・エンド」をオープン。
81年にコレクションを発表、「海賊ファッション」や「魔女ファッション」を提案。
パイレーツ・ルックを発表し、「アヴァンギャルドの女王」と称され反響を呼んだ。その後のボロ・ルックなども含め、アンチ・モードの旗手として活躍。
83年、パリ コレクションに発表。当時では、イギリス人デザイナーとしてはマリー・クウァント以来、2人目であった。84年には、カルバン・クライン、クロード・モンタナ、ジャンフランコ・フェレらと共に、「ファイブ・オブ・ベスト」に選ばれ、東京でのコレクション発表に招かれる。
86年、フランス革命からヒントを得たミニ丈の「クリノリン・スタイル」を発表。
この頃には、パンク・ロックも退潮しており、ウエストウッドの作品は、どんどんゴージャスになり、伝統への回帰がみられるようになる。もっとも、作風は、伝統的なブリティッシュ感覚や歴史服をヒントにしつつも、旧来の用法や意味を修正するような前衛的なものが多くなった。
86年春夏の人形ルック(ロリータ、ベビー・ドールがテーマ)、ミニクリ(ルダンゴトの下からミニのクリノリンを穿かせた)、87~88年秋冬のパニエ、90年代初めの厚底靴(プラットフォーム・シューズ)などが、その代表例。
87年、「ハリスツィード」を発表。88年には「タイムマシン」を発表。英国のクラッシック、トラディショナルとの融合を追求し始め、絶えず話題を巻きつづけた。1991年、フローレンスで行われた「ピッティ・ウオモ(Pitti Uomo)」で独立したメンズ・コレクションを初めて発表。
93年、レディースウェア部門をファーストラインの「ヴィヴィアン・ウエストウッド ゴールド・レーベル」とセカンドラインに「ヴィヴィアン・ウエストウッド レッド・レーベル」に分割。1998 S/Sから「アングロ・マニア」をスタート。
92年、エリザベス女王より「大英帝国勲章(O.B.E.)」を受章。99年2月には、ニューヨークのソーホーに旗艦店をオープン。
96年、メンズウェアライン「ヴィヴィアン・ウエストウッド マン」でミラノコレクションに初参加。同年9月には、日本初の旗艦店「ヴィヴィアン・ウエストウッド東京」を日比谷にオープン。
98年、ファーストフレグランス「ブドワール(Boudoir)」を発表。
2000年、セカンドフレグランス「リバティン(Libertine)」を発表。
ラディカルな思想をポップ・カルチャーとして確立し、アヴァンギャルドな中にも英国の歴史や伝統を巧みに取り入れる独特の手法で、ストリートをモードに持ち込んだことが功績とされる。そういった意味で、ジャン・ポール・ゴルチエやジョン・ガリアーノ等は精神的息子ともいわれている。
また、エイズ危機を救うため、「The Red Ribbon Fashion Event and Red And A Heart」等の慈善活動にデザインを提供し、協力している。
一時はマルコム・マクラーレンと結婚していたが、現在ではオーストリア人男性のアンロレア・クロンザラーと結婚している。

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Last Update 2006/12/05
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